【那須高原のミステリースポット】生きる九尾の狐伝説!? 恐山を彷彿とさせる那須高原の名勝地“殺生石”とは

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文:星野藍
グラフィック&UIデザイナー、写真家、書道家。福島県福島市出身。従姉の死、軍艦島へ渡った事をきっかけに廃墟を被写体とし撮影を始める。2016年『チェルノブイリ/福島 ~福島出身の廃墟写真家が鎮魂の旅に出た~』(八画文化会館)上梓。

密かに存在するミステリースポット

那須高原。

待ち構えるのはひたすらに美しい絶景。雄大な山々。澄んだ空気。そんなイメージが恐らく強いに違いない。

しかしその那須高原に際立って異質なミステリースポットが存在しているのをご存知だろうか。

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その名も“殺生石”。響きも字面も実に禍々しい。一体どんな場所なのだろう。

 

まるで小さな恐山

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風情のある温泉街を抜けた先に、殺生石はある。異質だ、この場所だけ。ほっこり温泉気分が一気に吹き飛んでしまった。

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歩道は途中左右に分かれる。歩道の真ん中にあるのは“賽の河原”だ。草木一本生えず荒涼としている。

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まるで小さな恐山のようだ。

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右手に見えるのは盲蛇石(めくらへびいし)。不穏な雰囲気のこの石には伝説がある。

五左ェ門という湯守が晩秋に山仕事を終え殺生河原で一匹の大蛇と出会った。大蛇は盲目だった。五左ェ門はこのままだと冬が越せないだろう、とススキと小枝で大蛇の小屋を作った。春になり五左ェ門が小屋を覗くと大蛇の姿はなく代わりに一面の湯の花が広がっていた。神の使いである蛇を助けた事で湯の花の作り方を伝授されたと感じた村人達は、蛇の首に似たこの石を盲蛇石と名付け大切にしたそうだ。

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その湯の花をどのように採取していたのか一部再現したもの。毎年4月には新しく取り換えている。

 

千体地蔵

反対左手には、これまた圧倒的な光景が広がっている。

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草に埋もれる無数のお地蔵さん。

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千体地蔵。

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普通のお地蔵さんに比べ、手が大きい事に気がつくだろう。衆生の平安を祈る為に大きな手をしているのだそうだ。他にはない独特な味わい深いお地蔵さんだ。

 

教傅地蔵

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千体地蔵に隣接するのは教傅地蔵。教傅地蔵にはこんな伝説が残っている。

第九十六代後醍醐天皇1318年の頃、奥州白川在の五箇村に蓮華寺と言う寺があり教傅と言う住職がいた。教傅は生まれながらの不良少年で、心配した母がお坊さんにしようとしてこの寺に預かって貰った。教傅は二十八歳になり前の住職の跡を継ぎ母と一緒に寺に住むようになったが、その行いは少しも変わらなかった。

亨元元年 (1336年)。教傅は2、3人の友人と一緒に那須温泉に湯治に行く事になった。出掛ける当日、教傅は母が朝食を用意して進めると、まだ旅路支度も出来ていないのにと悪口を言いながらお腹を蹴り飛ばしそのまま出発してしまった。

那須温泉に着いた教傅達はある日殺生石を見学しようと賽の河原付近まで行くと、今まで晴れわたっていた空が俄かにかき曇り雷鳴が天地を揺るがし、大地から火災熱湯が噴出した。連れの友人は逃げ去ったが教傅は一歩も動く事が出来なかった。

友人が振り返ると「俺は寺を出る時、母の用意したお膳を足蹴りにして来た天罰を受け火の海の地獄に堕ちて行く」と教傅が大声をあげて苦しみもがいているではないか。友人が掛け寄り助けようと引き出したが、教傅の腰から下は炭のように焼け爛れ、そのまま息を引き取った。教傅の引き込まれたところには泥流がブツブツと沸いていたが、いつしか山津波により埋まってしまった。

その後、那須湯元の有志が享保五年に地蔵を建立して供養を行い、親不孝の戒めとして参拝する者が後を断たなかった。

……なんとも言い難い伝説だ。

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とりあえず私も親は大切にしようと思う。

 

九尾の伝説・殺生石

そしていよいよ一番奥にある殺生石にご対面。

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付近一帯には硫化水素、亜硫酸ガスなど有毒な火山ガスが絶えず噴出している。時には動物が行き倒れている様子も見られるという。観光地ではあるがガスの噴出量が多い時は立入禁止となる。

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「鳥獣がこれに近づけばその命を奪う、殺生の石」

800年前、中国やインドで絶世の美女に化け悪行を重ねていた白面金毛九尾(はくめんきんもうきゅうび)の狐が日本に渡来した。九尾の狐は玉藻の前(たまものまえ)と名乗り朝廷に仕え、日本国を亡ぼそうとしていた。

しかし陰陽師・阿部泰成(あべのやすなり)に正体を見破られると九尾の狐は那須野が原まで逃げて行った。

ここでも九尾の狐は悪事を繰り返していたので朝廷は三浦介(みうらのすけ)、上総介(かずさのすけ)の両名に命じ遂に九尾の狐を退治した。すると九尾の狐は毒石の姿に毒気を放ち始め、近づく人や獣を殺し続ける暴挙へと出た。

これを聞いた泉渓寺(せんけいじ)の源翁和尚(げんのうおしょう)が毒石に向かって大乗経(だいじょうきょう)をあげ続けると、一筋の白煙とともに玉藻の前の姿が現れ、石は三つに割れて飛び散った。

そのひとつがここ那須高原に残る石というわけだ。それ以来、人々はその石を殺生石と呼ぶようになり今に伝えられている。

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他のふたつは会津と備後へと飛んで行ったという。備後とは広島県の東半分の辺りだ。随分遠くまで飛んで行ったものだと妙な感心を覚える。幾度も訪れた事のある那須高原だが、こんな場所があったとは改めて驚いた。

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好奇心の扉は、身近な場所にこそあるのかもしれない。

ライター :星野 藍

星野

グラフィック&UIデザイナー、写真家、書道家。福島県福島市出身。従姉の死、軍艦島へ渡った事をきっかけに廃墟を被写体とし撮影を始める。
2016年『チェルノブイリ/福島 ~福島出身の廃墟写真家が鎮魂の旅に出た~』(八画文化会館)上梓。廃墟の他怪しい場所やスラム街、未承認国家にソビエト連邦など、好奇心の侭に国内外を縦横無尽に徘徊する。

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