【8/15は終戦記念日】写真家「星野藍」が見た日本 ~那須戦争博物館に行ってきた~

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文:星野藍
グラフィック&UIデザイナー、写真家、書道家。福島県福島市出身。従姉の死、軍艦島へ渡った事をきっかけに廃墟を被写体とし撮影を始める。2016年『チェルノブイリ/福島 ~福島出身の廃墟写真家が鎮魂の旅に出た~』(八画文化会館)上梓。

那須には個人経営の戦争博物館があるらしい

那須と聞くと、避暑、観光、別荘、温泉、キャンプ……など各種リゾート的レイメージがやはり強いと思う。私もそれまで、那須のイメージはそうした明るいものしかなかった。

だが実は、那須には日本唯一の個人により作られた戦争博物館があるのだ。

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遊就館、平和祈念展示資料館、しょうけい館など、戦争に関する博物館は日本各地にあれど、個人でここまで戦争に関する資料を集めた場所はここしかないだろう。

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駐車場に車を駐め、まず目に入るのがこの陸軍戦闘機。表に流れるは渋い軍歌。期待が高まる。

 

入場料は1,000円

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受付で入場料1,000円を払いパンフレットを受け取る。このパンフレットが思った以上に厚みがあり、中身もかなり濃厚なものだ。見学後じっくりと読みたくなる。受付に隣接するのはアメリカ製零戦航空機エンジンと97式中戦車チハ。

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大きい!

館長の栗林白岳氏は終戦を満州で迎え、シベリア抑留生活を経て帰国した経験のある方だ。帰国後那須へ移住し、最初は釣堀レストランを経営していたらしいが、大雨によりダムが決壊、流れ込んだ水により魚が全部逃げてしまったので戦争博物館を立ち上げるに至った……と受付のおばちゃんから聞いた。

が、恐らく兼ねてから当時の様子を伝え平和の尊さを訴え続けていきたいという想いがあってこそ、膨大な戦争関連の資料を蒐集し、この博物館を通して戦争の悲惨さ、平和の尊さを伝えるに至ったのだろう。

 

昭和の時代

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まずはこちらから、と案内されたのが昭和の生活で実際に使っていた様々な物品の展示コーナー。

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戦前、戦時中使われていた物の数々。懐かしいレトロなコーナーだ。

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個人的に驚いたのがこの玉子焼き器。とても大きい。普段自分が使っているものはせいぜい卵2、3個分のものだ。これは卵10個分くらいの玉子焼きが焼けるのではないだろうか。当時の家族事情がこんなところから見て取れる。

 

戦争を実感する

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さて、昭和の生活を垣間見てから、いよいよ戦争に関する展示を見学する。入り口の門からしてこの物々しさ。今までの那須のイメージを全て覆すかのようだ。

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軍艦 海防艦 志賀の艦首。

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映画「203高地」の撮影で使用された二十八センチ榴弾砲。

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屋外展示の先に、海軍館と陸軍館の分かれ目がある。まずは陸軍館を覗いてみる事にしよう。

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しかしこの屋外展示からしてすでに凄い。
「銀行から借金してまで買ってしまっているんですよ」
受付のおばちゃんがトホホ顔で話していた。

 

陸軍館

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個人収集の資料の数々がみっちり展示されている。

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歩兵操典。手書きデザインの表紙にぐっとくるものがある。

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サリン弾にガスマスク。サリンと言ったら思い浮かべるはオウム真理教かもしれないが、1902年にドイツで初めて合成された神経ガスの一種だ。

第一次世界大戦で毒ガスによって視神経や脳神経に一過性の障害を負い、喉や眼を負傷した経験を持つヒトラーは毒ガス使用には消極的で、その結果ドイツ軍がサリンを戦争に使用することはなかった。同じ枢軸国であった大日本帝国に対してさえ、サリンの技術は提供されなかった。もし戦争でサリンが使用されていたら。戦局はもっと悲惨なものになっていただろう。

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軍装の展示も数多い。

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戦前に国防及び戦死者の遺族・傷病兵を救うために結成された愛国婦人会。出征兵士の見送りや慰問袋の作成など銃後活動を行った国防婦人会。

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遺書や遺髪なども展示されている。第二次世界大戦で戦歿した軍人の数は200万人を超えている。

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これは除隊祈念のおちょこ、軍猪口。昔会津を旅行した時、道端の露店で見かけひとつ100円で買った事がある。そう珍しいものでもないようだが、デザインがどれも趣があり美しい。

 

海軍館

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続いて海軍館も見てみよう。ひとつひとつをじっくり見ていたら、1日あっても足りないかもしれない。

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ここにはシベリア抑留、満州開拓民に関する展示物もある。子供の頃に見たドラマ「大地の子」を思い出した。

満州に入植した満蒙開拓団。1945年8月9日、ソ連対日参戦により避難を余儀なくされた多くの一般市民。混乱の中命を落としたり家族と離れ離れになったまま消息が不明になった者も少なくなかった。

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大和型戦艦の1番艦、大和の大きな模型。その奥に見えるのは横井庄一さんの人形だ。

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老朽化のためか右腕が取れてしまっているのが痛々しい。終戦を知らぬまま28年間もグアム島に潜伏し、奇跡的な生還を果たした横井さん。

「恥ずかしながら生きながらえて帰って参りました」
28年ぶりに祖国の土を踏んだ彼の第一一声は余りに有名だ。

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日本だけではなくアメリカ、ソ連、ドイツ関連の軍装、装備品の展示も多い。特にソ連は、抑留経験もあってかその説明文に熱い想いがみっちり入っているのを感じられた。

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終戦後、不要となった鉄帽は家庭用の鍋として再利用されたらしい。丸いフォルムがそのままだ。

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戦争は、人を狂気に取り憑かせた。絵画から伝わる気迫が凄まじい。

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重みのある場所なので、自分たち以外は見学者はいないかもしれないと思ったが、小学生の子供たちを連れた若い夫婦、仲睦まじい老夫婦、男性1人客、友人同士のグループ、カップルなど老若男女問わず思った以上に人が訪れていた。

 

神風特別攻撃隊資料館

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神風特別攻撃隊資料館。こちらは比較的新しいコーナーのようだ。神風特攻隊に関する絵画を収集し展示してある。

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簡素ながらも展示数は多く、胸にくるものがある。思わず目頭が熱くなる。

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「神風」は猪口力平が名付けた「しんぷう」が正式な読み方だが、当時のニュース映画が誤って「かみかぜ」と読み上映したことで「かみかぜ」が定着した。

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特攻隊の殆どが17~24歳の若者だった。果たして彼らは、本当に国のために死にたいと思っていたのだろうか。当時の軍の圧力に屈し首を縦に振らざるを得なかった者も多かったのではないだろうか。

敗戦まで、航空特攻の戦死者は海軍が2,431人、陸軍が1,417人の計3,830人。

一方、撃沈出来た敵艦の数は以下の通りだ。

正規空母=0、護衛空母=3、戦艦=0、巡洋艦=0、駆逐艦=13、その他(輸送船、上陸艇など)=31…撃沈の合計は47隻である。

1隻沈めるために81人もの兵士が犠牲にならなければなかった。しかもその殆どが米軍にとって大勢に影響のない小艦艇だった。特攻の戦果は軍上層部の予想より遥かに低かったのだ。

 

戦争について考える機会として

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書物が多く置かれた資料館は残念ながら閉館中だった。しかし博物館としては年中無休なので、いつでも訪れる事が出来る。

約1万5000点が収められているという館内の展示物。本物もあればレプリカもあるが、戦争の脅威を伝えるという意味ではどちらでも良いのではないだろうかと思う。ミリタリークラスタも存分に楽しめる内容だ。

戦争一色に染まった当時の様子を、庶民の視点で見て感じ取れる事の出来る貴重な場所である事には間違いない。

2018年8月15日で、終戦から73年になる。戦争を経験していない人々が大半を占める。那須のお洒落なレストランでパスタとチーズケーキを食べて綺麗な景色を見て帰るだけではなく、こういった場所へ足を運び社会勉強をする日があっても悪くない筈だ。

ライター :星野 藍

星野

グラフィック&UIデザイナー、写真家、書道家。福島県福島市出身。従姉の死、軍艦島へ渡った事をきっかけに廃墟を被写体とし撮影を始める。
2016年『チェルノブイリ/福島 ~福島出身の廃墟写真家が鎮魂の旅に出た~』(八画文化会館)上梓。廃墟の他怪しい場所やスラム街、未承認国家にソビエト連邦など、好奇心の侭に国内外を縦横無尽に徘徊する。

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